夏の恒例になってきた、フィリップ・ゴーリエワークショップ。
今年もまたブートキャンプに参加してしまった・・・(苦笑)
いつも、フィリップが「声をさがしている」という表現をする。
意味は、その役者がもっとも魅力を出せる声を見つけ、そのことが結局どういう役があっているか・・・ということに結びつくらしい。
今年、私はその声を見つけてもらった。
3年目の快挙である!!!
・・・・って言っても、イマイチ何のことか実感はないのだが・・・。
そして、私がやっていたシーンを見ていた大御所の方々が、終わってから
「いやー、おもしろかった!」「声見つかったね」
などと、声をかけてくれるのである。
今まで話したこともない人もだ。
「やっと3年目で・・・です」
と答えると、
「何言ってんの。彼らなんか10年よ」
などと・・・。
みんなわかっているのだ。
このブートキャンプのようなワークショップがいかに大変か。
いや、このワークショップがどう・・・ではなく、役者になること、役者でい続けることがいかに大変なことかがわかっている・・・そういう人たちの反応なのだ。
個人的に良い人だとか、きれい・かっこいい人だとかではなく、演じる上である一線を越えることの大変さ、そしてあがいてあがいて自力でその線を越えられた、階段を一段上がれた役者だけが「賛美」という栄光を手にすることが出来る。
その栄光の瞬間なのだ。
すぐれた役者たちは、その瞬間を迎えた人に、今まで話したことがなかろうが腕を広げて賞賛する。
そして、その役者は「彼ら」の仲間入りをするのだ。
帝国劇場だとか、国立劇場でもない、たかが劇団の稽古場の入り口の廊下での出来事だが、役者であるとこの喜びを感じた。
そしてきびしさも改めて体感した。
ビートたけしさんがよく言っているという「続けてるやつは、辞めたやつ・出来なかったやつの分も背負ってやらなくてはならない」
ああ、思い言葉!
でも、今はこの喜びを味わっておこう。
これがあるから役者をやっていられる! いや、これ無しでは、役者はできないのだから。