2018年6月23日土曜日

亡き父の生家へ・・・

先日、一昨年亡くなった父の生まれた家に行ってきた。

父は岡山県真庭市勝山町ということろで生まれた。
中国山地の山の中、こちらでいうと信州のような気候の林業の町だ。
父の生家は、今は誰も住んでおらず、市の保存文化財的なものになっている。
時代劇に出てくるような・・・
土間とかまど、囲炉裏、外に昔牛小屋だった名残。家の前には蔵。

子供のころ、お正月や夏休みにここに来るのが楽しみだった。
私が生まれ育った岡山県南は暖かいところで、雪などめったに降らなかったので、冬は、高い山々に杉の木が立ち並んで、そこに雪が被っている景色がワクワクした。
そして、たくさんのいとこたちと一緒に、広い座敷で枕投げをしたり深夜までトランプをしたり・・・。
朝起きたら、囲炉裏に火が入っていて、木が燃える香りとお雑煮のお味噌汁のにおい。


父は次男だったので結婚して「水田」の家に養子に入った。私が生まれ育った家は母の家なのだ。
亡くなる前は認知症が進行していて、母曰く「勝山に帰る」とよく言っていたそうだ。亡くなる一年ほど前だろうか・・・母は執念で、そんな父を車に乗せて勝山町の生家に連れて行った。
もう、何がわかっているのかいないのか、こっちは全然わからないのだが、「それからはちょっと落ち着いた・・・」と言っていた。

そんな父の生家。
私は30年数年ぶりだった。
もう家財道具はほとんど何もなかったが、仏壇と囲炉裏、土間などはそのまま保存されていて、これも30数年ぶりにあったいとこたちと
「こんなに狭かったんじゃなぁ・・・、もっと広うて大きいと思うとった」と一緒に笑った
仏壇には、父の両親、兄夫婦が祭られていて。
母はその前に座り、父の写真を前において「やっとお参りできた」と言いながら、ずっと泣いていた。


今、アクターズワークスでキャラシーンクラスをやっている。
俳優としての訓練の一環だが、役作りの練習に「実在の人物」を演じる。つまりほとんどが家族だ。
そのクラスをやっていると、本当に「人に歴史あり」を目の当たりにする。
スター・政治家など有名人でなくても、戦争や大事件に巻き込まれてなくても・・・。どんな平凡な人生を歩んだ人も、実は平凡などではなく山や谷を潜り抜けている。
自分自身に大きな事件が起こってなくても、家族や周りの人にそれが起こり、それを一身に支えていたり・・・。

父も母も、そして私自身も。
生きてる人みんな・・・。

幼いころを一緒に過ごした親せきの人たちと、人生色々ありつつも、数十年ぶりにとにもかくにも元気で再開して、懐かしい一日を過ごした。
愛しさと、幸せを感じた瞬間だった。