2012年12月21日金曜日

茨城ワープステーション

先日、茨城にあるワープステーションというところで撮影に望んだ。

関東で時代劇といえば、だいたいここで撮る。ここを中心に、茨城から群馬・福島くらいまででロケ・・・というのが多い。
オープンセットといって、すでに江戸時代の街並みが出来上がっている。京都の太秦のようなものを思い浮かべていただければ・・・。
やはり、足を踏み入れると時代が「ワープ」する。
何年、役者やっていてもやはりドキドキワクワクできる空間。

でも、もう~、今年の寒波で極寒。
寒いなんてもんじゃなかった。
北関東の吹きっさらしに加えて、朝は回り中霜柱が立っていた。あんな霜柱をみたのは子供のとき以来だ。
だいたい着物は寒いのよ! 脇のところから風がすーすー入ってくるんだもん。
みんな、ほっカイロ貼りまくり。
スタッフはスタッフで、寒さの中でずっと立ちっぱなしでスタンばっている。
役者は、撮影現場のちかくにストーブを用意してもらって、そこにいられる。役者ということで大切にしてもらっているのだが・・・。
 この寒さと過密スケジュールで、スタッフは軒並み風邪を引いてぶっ倒れていた。

やはり、撮影っていつもいつも大変。
みなさん、そんなことも思い描きながら時代劇を見てね!

2012年12月8日土曜日

中村勘三郎

勘三郎さん・・・
私たちには、勘九郎さんのほうがぴんと来る。

亡くなった。
大好きな役者さんだった。
若い頃、歌舞伎座の一幕見の切符を握り締め、何度も見た。
一番覚えているのは「一本刀土俵入り」、玉三郎さんとの共演。
「すっごいなぁ・・・・」としか思えなかった。もう、すっごい!
それ以外言いようがなかった。

悲しすぎて、ニュースが見られない。
見ると力が抜ける。

一度だけ、本物の勘九郎さんと同じ空気が吸えたのは、故・尾上菊雅先生の歌舞伎座の舞踊会のときだ。
リハーサルにお見えになった勘九郎さんに、ご挨拶しご案内した。

もう一度、お会いする機会が、本当はあった。
昔、大阪・新歌舞伎座の舞台で共演させていただいた、藤山直美さんが、我々ぺーぺーに食事会を開いてくださって、そのとき「どんな役者が好きなのか」と尋ねられ、「ダスティン・ホフマンと中村勘九郎さん」と答えた。その答えに「ほー、なかなかええセンスしとるやん」と言ってくださり、「次の舞台は勘九郎さんと共演だから楽屋に来たら会わせてあげる」とおっしゃってくださった。
終演後、大阪に居残りして一生懸命楽屋を訪ねた。
が、直美さんは、そのことを覚えていては下さらなかった。

昨年前だったか、一昨年前だったか、平成中村座を見に行こう・・・といっていたが、ついつい失礼した。「またの機会があるだろう」と思っていた。
だって、勘九郎さんだもの、すぐ勘三郎襲名だし・・・また、機会が・・・。
「ない」のですね。
機会は・・・・。

ご長男の勘九郎襲名の口上。
口元と声が、元・勘九郎さんにそっくりだ。

2012年12月2日日曜日

復興支援映画「天心」

今年ももう12月。
あっという間・・・、って毎年言ってますね、きっと。

暮れも押し詰まって、復興支援映画「天心」への出演のお知らせです。
主演: 竹中直人
茨城に六角堂を建て、明治期、日本の近代芸術に大きな足跡を残した岡倉天心の一生を描いた物語です。
私の役は、天心の芸術感に多大な影響を与えた、狩野芳崖の妻・よし です。

クランクインは11月末。現在撮影好調! 
私の撮影はこれからです。ドキドキ!

公式サイトはこちら→ http://eiga-tenshin.com/official/
You Tubuの予告編などもあります。ぜひぜひ見てみてください。


このお仕事には2つの嬉しいポイントがあります。
一つは、 復興支援の作品に参加できること。
震災以降、「何かできることをしたい」と思い続け、このような形で役者として参加できるのは、このうえない喜びです!
もう一つは、この映画のプロデューサーが、高校の同級生であること。
人生を折り返したこの時期に、青春を共にした同級生とお仕事で再会できるなんて!
ほんと、人の一生ってわからないですね。わからないからおもしろいんですね!