2013年4月25日木曜日

マーガレット・サッチャー

先日、イギリスの元・首相マーガレット・サッチャーさんが亡くなり、テレビで特集番組をやっていた。

お父さんからの教えが
「人に頼らず努力を続け、自分の意思で決め自分の道を進む」
ことだそうだ。

ああ、心に痛い、この言葉!

簡単に、誰にでも出来ることではない。
でも、紙に書いて壁に貼らねば!!!

最後にサッチャーの言葉が出ていた

人が生きるうえで最も大切なのは、努力を怠らず前に進み続けること

まだまだ、イキテイカナクッチャ!

2013年4月11日木曜日

神様のこと

私は、特に宗教には所属していない。
イマドキの日本人の典型、無宗教なのにお正月には神社に行き、頼みごとがあるとお守りを買い、お葬式はお寺・・・だ。

神様はいるのだろうか?

私は無宗教だが、なんだか名前の付けられない「人知の及ばぬ大きな力」はあるように思っている。いや、信じている。
そのことは、私の人生にどうなのだろう?

先日の「ヴィドケンシュタイン」で、第二次大戦下の前線で聖書を持っているヴィドケンシュタインに、他の兵士が「神がいるなら、なんでこんなこと(戦争) が起こるんだ」と問い詰める。
なのに、死んでいった仲間の兵士のことを「安らかに・・・」と神に祈る・・・というシーンがあった。

また、私が昨年お仕事をした朝の連続テレビ小説「純と愛」の脚本は遊川和彦さん。
朝ドラにしてはかなりのチャレンジ作品。
その中で脳腫瘍に侵された愛が「なんで俺なんだ。なんで俺だけこんな目に!神様なんて・・・!」と吐露する。

私なんか重病じゃなくても、しょっちゅう「なんで私だけこんな目に・・・!」と思って生きている。
外から見ると、たいした不幸に見舞われることもない、充分な人生なのはわかっている。
ほとほと業が深いのだろう。
また、芸能界なんて世界に足を突っ込んでいると超格差社会を目の当たりにするからだろうか・・・。
名前の付けられない「大きな力」を一応「神様」ということにすると、恐れ多くもその神様をしょっちゅう恨んだり憎んだりしている罰当たりだ。
そんな私に、たいしたバチも当てていない神様は、よっぽど心が広いのかもしれない(笑)。

「純と愛」 の最終回。
脳腫瘍の手術で植物人間になってしまった愛の面倒を見ながら、純が「神様の力になんか頼らない。私は自分の力で愛くんを目覚めさせて見せる」的な(正確な台詞は覚えてません。遊川先生、スミマセン)長ゼリで物語が終わる。

神様がいるかどうかはわからないが、私のような情けない人間には、この覚悟こそ必要なものかも知れない。
「人知を尽くして天命を待つ」・・・。
まだまだ、人知を尽くさなくては、天命は来ないのだろう。

久しぶりに・・・がんばれ私!(笑)